「桃太郎」の正体とは?

結構、勘違いされている歴史の偉人?!

歴史上で登場する人物の姿は、子供の時に見たドラマや映画、または教科書などでイメージしたものが現在まで根強く残っています。そのイメージから、「きっとあの人はこういう人なのだろう」など自分なりの解釈で、自分の中でのその人の人物像は無意識に形作られているのはないでしょうか。

その人物像をそっくりそのまま変える必要はありませんが、あまり知られていない情報を入れることで、その無意識に作られたイメージを少し疑ってみる機会ができれば面白いかなと思う今日この頃です。

さて、第一弾の歴史人物は「桃太郎」です。

「桃太郎」と言えば、猿と犬とキジを率いて、民を苦しめていた鬼を倒し、民から略奪していた宝物を持ち帰ったという童話のヒーローですが、実は、この童話「桃太郎」の元となる話の舞台は、日本のはるか古代の歴史の中にあるのです。
なんと、その時代は、紀元88年くらいです。かなり前のことです。

「桃太郎」として描かれている人物は全くの別名で、その時代の天皇から指示をされて日本列島の各地を制圧する為に派遣された4人の将軍の内の一人なのです。その人物は、日本の中国地方を担当することになりました。
その指示は、要約すると「各地域の未開発の村などに大和朝廷の近代的な文明を教え、もし従わなければ、どうやっても従わせること」ということで、まさに制圧者らしいコメントです。

物語の中で「鬼」と言われている一族は、朝鮮半島から今の岡山県に移り住んだ種族で、「桃太郎」が来るまでは、岡山県一体を統治していました。そこに、当時、最も強かった大和朝廷から派遣された「桃太郎」が制圧しに来たということなのです。

「桃太郎」は見事に役目を果たし、「鬼」を倒して岡山を制圧。

つまり、「桃太郎」というお話しは、大和朝廷が日本の最強国になる為に各地を制圧した際のお話しだということです。

ちなみに、今、岡山に建立されている神社には、「桃太郎」のモデルである人物と、「鬼」のモデルである人物の二つの銅像が建てられています。それは、「鬼」のモデルにされた人物が民にとっては「鬼」ではなかったという証なのかも知れません。





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