実は、違う人?日本の英雄たち

研究の近代化や新たな発見により教科書の内容は部分的に変化しているんです。
では何故、変化するのか。それは、歴史の史実の誤りが発見されるから。

誤りの原因は何でしょう。
憶測が独り歩きしているケースや、解読ができなかったケース。そして、遺物によって誤解が生まれるケースなど、様々なケースがあります。中には、先人である歴史家たちが言い切ったことを後輩である歴史家やジャーナリストが素直に受け入れた結果、史実としてすっかり浸透しているパターンもあります。

あるケースだと、当時、沢山の発見をした有名な歴史家が言い切ったことが、特に疑われることもなく史実として定着し、どの本でも、その人物はすっかりダメ人間として描かれていました。それがようやく再評価されて、現在、研究が進み、徐々に人物イメージが変わってきています。その人物からすれば、本当にたまったものではないですね。残念ながら日本ならではのそういう背景もあるんですね・・・。

さて、今回の歴史の教科書の変化は、「肖像画」です。
今、二人の英雄が話題です。一人目は鎌倉幕府を開いた源頼朝。二人目は、その次の幕府である室町幕府を開いた足利尊氏。
なんと、この二人の英雄の肖像画は、本人ではない可能性が高いようです。
日本で幕府を開いた三人の英雄、源頼朝、足利尊氏、徳川家康の内の二人が肖像に誤りがあったということです。

源頼朝と言われた肖像画は、なんと、足利尊氏の弟ではないかと言われており、足利尊氏と言われた肖像画は、尊氏の家来の高師直ではないかと言われています。まだ定かではないので現在の教科書では「騎馬武者の画」等と人物を特定しない形になっています。

日本史上「幕府」という武士政権を開いた三人の征夷大将軍の人物画像が間違えていた、というのは歴史家として結構な失態かと・・・。





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